シンクライアントは一度死ぬ
シンクライアントは死んだが話題になっている。
今日、IT業界の著名なコンサルタントである、日本IBM出身のK社のNさんのオフィスにお邪魔してた。(略)Kさんは開口一番、「シンクライアントは死んだね」とおっしゃった。
値段が下がらない、家に仕事を持って帰れない、サーバに負荷がかかる、既存パソコンを排除できない、そして不況、を挙げる。その上で、既存のパソコンのセキュリティーレベルを挙げれば済むことだと切って捨てる。
IT業界来し方行く末 > シンクライアントは死んだ : ITmedia オルタナティブ・ブログ
同じくITmedia オルタナティブ・ブログでも、これに言及したエントリがいくつかある。「代替案のある生活 > シンクライアントの使い方」では上記のエントリを「片貝さんのうまいアンチテーゼ的なブログ」のおかげで、と切り出し、シンクライアントの気に入っている点を挙げている。「平凡でもフルーツでもなく、、、 > 友人が個人情報漏洩から職を失った経験のある立場としてはシンクライアント賛成派です」ではその安心感に言及し、「『ビジネス2.0』の視点 > シンクライアント使っています」ではシンクライアントとパソコンを比較して長所短所を明確にした上で、「企業の文化や取り巻く環境などによって、シンクライアントの是非は分かれるところかと思われます」と締めている。
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なるほど、シンクライアントの良さは分かる。でも、だったら「既存のパソコンを排除」できる世界を思い描いたらいいじゃないか、と直感的に思った。特別な環境を除けば、エンドユーザコンピューティングの全てがシンクライアント方式である世界。
エンドユーザコンピューティングを、「エンプロイ・コンピューティング」企業内を中心とした業務のためのコンピュータ利用と、「ホーム・コンピューティング」家庭を中心とした生活や楽しみに関わるコンピューティングに分けられると仮定してみる。彼らの議論は、「エンプロイ・コンピューティング」環境をシンクライアントで利用することの良さに終始している。でも「ホーム・コンピューティング」環境もシンクライアント化しちゃえば、とは言わない。
ホーム・コンピューティング環境もシンクライアント化しちゃえばいい。できるはずだ。例えば、Amazon EC2は仮想サーバ環境としてよく使われているが、本当の姿は純粋な仮想マシンだ。EC2上の仮想マシンをデスクトップ環境として使ったっていいはずだ。ローカルマシンと同じくらい快適に使えるとしたら、普段使いのデスクトップだってEC2上の仮想マシンでいい。そうなったら、普通の人が使う端末ってパソコンである必要はなくなって、シンクライアントを使うようになるんだ。
普段からシンクライアントを、何も考えず当たり前に使っていれば、仕事だってシンクライアントですることが普通だとみんなが思うだろう。全てのエンドユーザコンピューティングをシンクライアント化する。それができた時、先進的な普通の人がシンクライアントを使い始め、その後でキャズムの先にいる普通の普通の人たちも、シンクライアントでコンピューティングするようになる。それが、「既存パソコンが排除」された世界。多分企業だけをシンクライアント化した先には来ない未来だ。
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現時点では、そんなにクラウドの向こう側のマシンを信頼できない(たとえばEC2はトラブル時に環境が失われる)し、多くの人にとってはそんなに信用もできないんだろう。もちろん、一般家庭でネットワーク越しにデスクトップ環境をすいすい使えるほどには、まだそこまでブロードバンドも太くない。
でもありうる未来のはずだ。ネットワークインフラから仮想マシン環境、信用や信頼を担保する仕組み作り、そしてホームコンピューティングが仮想マシンを選ぶ破壊的価格体系の実現。今のシンクライアントの想定利用方法や価格体系などを、一度殺すぐらいのことになる。それが行われれば、シンクライアントの世界は来ると思う。それは、クラウド化する世界がいずれ迎える、ごく正常な姿だと思うから。
Googleが携帯をGoogleにとっての良い端末にするために無償のOSまで公開したように、この大ナタを振るうのはそれを必要とするシンクライアント事業者や、あるいはクラウドのホスティング業者なんだろうな。それが行われなければ、「シンクライアントは死んだね」と言われたとおりになる。それが行われたならば、今のシンクライアントは死に、シンクライアント化したコンピューティング世界へと再生する。
どちらにせよシンクライアントは一度死ぬんじゃないか。滅亡に至って死ぬのか、再生に向けて死を遂げるのか。そこを選択するタイミングなのだ。全くの門外漢、一連のエントリを読んだだけでの感想だけど、そう思った。