仮想化のもたらす「解放」と「自由」
「仮想化とシステムのモジュラー化」が示唆するのは、完全にコンピュータリソースの提供と、それを利用したサービス提供や活動を分離する。その最終形は、と考えていた時に、ITProの記事で次のような一文を読んだ。
取材の最後にふと思い付き、こう尋ねてみた。「仮想化の根本的な価値は何か」。ラグラム氏は少し間をおき、「Freedom」と答えた。(仮想化がもたらす“フリーダム” - 記者のつぶやき:ITpro)
VMware Virturlization From 2009の テーマは「VIRTUALIZE・AUTOMATE・LIBERATE」だった。LIBERATE、そしてFreedom。僕はこれを、コンピュータリ ソースを使うことの労力とコストからの解放であり、そうしたことが制約となってきた個人と個人の小さなアイデアが得る自由だと解釈する。
電気や水やガスの供給がインフラに組み込まれ、安定して安価に個人でも利用できるようにならなかったら、世界はこんなにリッチ・エクスペリエンスで はなかっただろう。同じようにコンピュータリソースの供給がインフラに組み込まれ、安定して安価に個人でも利用できるようになったら、世界はどんなにリッ チ・エクスペリエンスになるだろう。
今はインターネット上にクラウドが生まれ、ごく一部の種類のコンピュータリソースの供給がインフラ化されたところだ。そしてインターネットサービス を作るということにおいてのみ、個人はコンピュータリソースの制約から自由になった。本当に仮想化がコモディティとして個人の手元に浸透してきたとき、個 人があらゆるコンピュータリソースの制約から自由になるかもしれない。
(※本エントリは10月29日のtumblrへのポストに加筆、修正したものです。)