「仮想化の明後日と未来(前編)」の続きだ。もう少しだけ、未来というよりは明日に属するぐらいの、すぐ先のことを予想してみる。
「仮想化とシステムのモジュラー化」が示唆するのは、完全にコンピュータリソースの提供と、それを利用したサービス提供や活動を分離する。その最終形は、と考えていた時に、ITProの記事で次のような一文を読んだ。
取材の最後にふと思い付き、こう尋ねてみた。「仮想化の根本的な価値は何か」。ラグラム氏は少し間をおき、「Freedom」と答えた。(仮想化がもたらす“フリーダム” - 記者のつぶやき:ITpro)
VMware Virturlization From 2009の テーマは「VIRTUALIZE・AUTOMATE・LIBERATE」だった。LIBERATE、そしてFreedom。僕はこれを、コンピュータリ ソースを使うことの労力とコストからの解放であり、そうしたことが制約となってきた個人と個人の小さなアイデアが得る自由だと解釈する。
電気や水やガスの供給がインフラに組み込まれ、安定して安価に個人でも利用できるようにならなかったら、世界はこんなにリッチ・エクスペリエンスで はなかっただろう。同じようにコンピュータリソースの供給がインフラに組み込まれ、安定して安価に個人でも利用できるようになったら、世界はどんなにリッ チ・エクスペリエンスになるだろう。
今はインターネット上にクラウドが生まれ、ごく一部の種類のコンピュータリソースの供給がインフラ化されたところだ。そしてインターネットサービス を作るということにおいてのみ、個人はコンピュータリソースの制約から自由になった。本当に仮想化がコモディティとして個人の手元に浸透してきたとき、個 人があらゆるコンピュータリソースの制約から自由になるかもしれない。
(※本エントリは10月29日のtumblrへのポストに加筆、修正したものです。)
10月20日、21日にVMware社が開催したVMware Virtualization Forum 2009に行ってきた。その夜に、twitterで呟いた感想をまとめておく。
tsukamoto: Virtualization Forum 2009、いろいろと新しいものはあったけど、新しいパラダイムとまで言うようなものはたぶんなかったと思う。 (11:55 PM Oct 21st)
tsukamoto: 思うに仮想化そのものは「ハードウェアとOSを切り離す」というパラダイムシフトだったのだけど、それは60年代のパーティショニングとか90年代(?)のエミュレーションとかの頃からそのパラダイム上にあった。 (12:01 AM Oct 22nd)
tsukamoto: 仮想化が始まって以降の歴史上にパラダイムシフトがあったとしたら、「ハードウェアとリソースを切り離す」ということ、その1つだったんじゃないかな。 (12:03 AM Oct 22nd)
tsukamoto: このパラダイムが、ホストOSを持たないハイパーバイザ、巨大サーバではなくサーバ群をまとめて1つのリソース総量と捕らえるリソースプール、その中で使用するリソース量を「どこかから」自動的にわりあてるDRSといった新しいアプローチを生んできた。 (12:05 AM Oct 22nd)
tsukamoto: 今日デモしていたVMware MVPなんかも、端末が何かにとらわれず単なるリソースプールと考えてその上に載せるワークロードを提供すればいいという、同じパラダイムの敷衍で捉えていいように思う。 (12:07 AM Oct 22nd)
tsukamoto: …ああ、「ハードウェアとOSを切り離す」「ハードウェアとリソースを切り離す」より「ハードウェアを抽象化する」「コンピュータリソースを抽象化する」が正確かも。 (12:09 AM Oct 22nd)
コンピュータリソースが抽象化されると、ハードウェアから下を管理するインフラ技術者と、OSから上を管理するシステム技術者が、コンピュータリ ソースの提供/利用を境界にしてをきれいに分業できる。
インフラ技術者はコンピュータリソースの安定供給に努めればよく、システム技術者はOSやその上のアプリケーションによるサービスに専念すればよい。これは昔からある考え方なのだが、これまではコンピュータリソースの分割、コンピュータリソース供給の安定(可用性、復旧性、 etc.)の実現が、OSやその上のアプリケーションなどに食い込んでいて、そこをきれいな境界線として分けられなかった。
仮想化環境は、仮想化レイヤでリソースの分割、仮想マシンとしてパッケージしての提供、仮想マシンに対する自動フェールオーバやバックアップなどを可能にした。これにより、システムの「安定稼働」はインフラ技術者がハードウェアと仮想化レイヤで、「機能提供」はシステム技術者がOSとアプリケーションレイヤで、役割も作業レイヤもきれいに切り離して実現することが可能になった。
つまり、仮想化で実現できるレベルのリソースコントロールで十分なシステムであれば、システム構築はインテグラル(擦り合わせ)型からモジュラー(組み合わせ)型にシフトした。
(※本エントリは10月26日のtumblrへのポストに加筆、修正したものです)
大体すでに皆様が訳しておられたので、「Wikiの小人」パターン的に以下の作業を行いました。
- 日本語ページ - 英語ページ間のリンクがないものはリンクを張る。
- 日本語ページ→(日本語訳済みの)英語ページのリンクは、日本語ページへのリンクに改める。
- 未訳のごく一部のページを日本語訳する。
- その他、各種の“草取り”。
具体的に作業した対象ページは画像参照。People Patternの英語版、日本語版の全パターンを見て行ったのですが、修正箇所はこれぐらい、作業時間もこれぐらい、という感じ。
WikiPatterns.comの日本語訳には何人かの方が参加されていて、特に「ここから順番に訳していこう」ということはなかったのですが、私個人はまずPeople Patternに作業を集中していました。あるパターンを訳したところで、それが参照しているパターンを辿ると、それもPeople Patternということが多かったので、わりと自然にそうなった面もあります。この連休前に大半の項目が訳されていたので、ちょっとまとめて時間を割いて、いわゆる“Wikiのガーデニング”をしてみました。
People Patternにはそのカテゴリ名どおり「人々」に関わるパターンが集まっています。各パターンを読んでみて、自分のWikiではコミュニティを形成する「人」を育てるために何をしようか、と考えてみるのは、Wiki運営に役立つと思います。ぜひご活用を。そして誤訳などを見つけたら、ぜひWikiPatterns.comに「参加」して、草取りをお願いします!
先月、ガートナーが最新のハイプカーブを掲載したプレスリリースを出した。多くの人が取り上げているし、私もTumblrにポストしたし、第1回アトラシアンユーザ会(つまりConfuluenceとJIRAのユーザ会)でもISIDの杉浦氏が取り上げていた。すでにご覧になっている方は多いと思う。
このハイプカーブで、Wikiについて少なくとも3つの指摘がされている。
- Wikiは過度な期待の「ピーク期」とそれがはじけた「幻滅期」を越えて、地に足の着いた活用へと進む啓蒙活動期に入った。(図1のカーブ上の位置より)
- Wikiの主流での採用までには、2~5年かかる。(図1のWikiを示すポイントの色より)
- 主流での採用≒生産性の安定期に達するには、Wikiは「メソドロジ(方法論)とベストプラクティスの発展」と「第3世代製品、即時展開可能な製品スィート(の提供)」へ向かわなければならない(図2より)
もちろん方法論というのは浅いハウツーではなく、経営思想とWiki思想の寄り添うところを実務に落とし込んだ方法論で、江渡さんの上梓された「パターン、Wiki、XP」はWiki思想を紐解くという意味で大きい。また洋書でアトラシアンの社員であったStewart Mader氏による「WikiPatterns」が出ているが、こちらは現時点でのベストプラクティス集である。実際に、Wikiの世界はこの「メソドロジとベストプラクティスの発展」へ、すでに動き始めていたことが感じられる。
「第3世代製品、即時展開可能な製品スィート」では、第二世代製品群の淘汰を生き残ったConfluenceやSocialtextに加え、マイクロソフトのSharePoint ServerやIBMのLotus ConnectionsがWiki機能を統合してきている。ハイプカーブから「滑り落ちる」テクノロジはいくつもあるが、啓蒙活動期の初めにあるWikiは、啓蒙活動期の終わりに達するべきマイルストンに向けて進むべき道を歩んでいる。
●
WikiPatternsはStewart Mader氏がWikiPatterns.comというサイトで収集、整理したパターンを元とするもので、先日来このブログなどでも触れているように同サイト上で各パターンの日本語訳が進められている。私も(このブログでの報告がぜんぜん追いついていないが)90-9-1の法則、 IDの重要性、WikiZenマスター、 Wikiの小人、チャンピオン、ページメンテナー、メンテナー、上棟式、口コミ、大使、 後援者(またはスポンサー)、良いことへの謝意、観客、貢献者、Wikiのトロルとこれまで15パターンを訳した。
私事を言うと、昨年までいたCrossbaチームから一時的にVMwareなどの仮想化チームに移り、そちらの活動に専念していたのだが、どうもこの一時的に(と言われた)というのは、半年や一年では済まなそうな感じになってきた。それが分ってきたこの2009Q3からは、また昔のように17時までは仮想化技術者(昔だったらERP技術者)、17時からはWikiとWebの個人活動家という二重生活に戻りたいと思う。
なんと言っても、Wikiの「ハウツーではなくメソドロジ」がずっと気になっていたところであり、Wiki界隈全体がそこに取り組む時期にいるのだから、2、3年は待てない。
It has a forms based authoring capability that doesn't require familiarity with html.
WikiPatternの一つ、「WikiZenマスター」を日本語訳しました。原文は「WikiZenMaster」です。WikiZenマスターはいわゆる「こびとさん」のスタイルの一つで、見出しや図表の追加、段落の分割といった読みやすさ、体裁にフォーカスしたこまやかな貢献をする人たちを指します。
最新の日本語訳はwikipatterns.comで確認してください。
これは何?
WikiZenマスターはwikiがより視覚的にアピールするように形式の変更を行います。
(WikiZenマスターは時々WikiFairyと呼ばれます。)使い方
WikiZenマスターは、このツールを使いたくなる魅力あるものにし、内容をクリアで使いやすいものにし、そのwikiでの形式と体系化をより高い水準で保つことで、wikiの小人と同様にwiki上のコンテンツに価値を加えます。
例
WikiZenマスターはきっと
- タイトルやセクション見出しを追加し、ページをより体系化します。
- 画像や図表を追加し、wikiページの内容を図解したり、複雑なプロセスを明快にするといったことをします。
- 参考文献一覧に挙げられた本のカバーの画像を追加します。
- さまざまな貢献者の画像をwikiに追加します。
- テキストがより読みやすくなるように段落を分割します。
関連するパターン
- Wikiの小人 - Wikiの小人とWikiZenマスターは、どちらもwikiを改善するという、よく似た個性を持っています。WikiZenマスターが形式の改善に焦点を当てているのに対して、Wikiの小人は内容の改善に焦点を充てています。
- メンテナー - しばしばWikiZenマスターとメンテナーは同一人物です。
さらに読む
WikiZenマスターも「こびとさん」同様、第七回Wikiばなで「Wikizensアパート」などという話をした引っ掛かりで、訳に参加しておきたいと思っていました。
このWikizenという言葉は、WikiWikiWebで参加者を「WikiZens(=Wiki+Citizens)」、Wikiの市民といったニュアンスで呼んだことによる語です。ただし、WikiWikiWebには「WikiZen」というページがあって、「なぜZを大文字にするかと言えば東洋思想“Zen”を強調するためだ」などと書かれています。
WikiZensには「両者を混同しないように」と書かれていますが、WikipatternsのWikiZenMasterでいう「WikiZen」には、この「Wiki思想」的なニュアンスも強く含まれているように思えます。
WikiPatternの一つ、「後援者(またはスポンサー)」を日本語訳しました。原文は「Patron (or Sponsor)」です。ここでいう後援者(またはスポンサー)とは権威者、有識者、職場や組織の上位者、業界の著名人などで、彼ら自身は活動に参加してくれないにせよ、彼らの賛同を取り付けることは他の人たちを活動に巻き込む時に良い効果があると言います。
最新の日本語訳はwikipatterns.comで確認してください。
これは何?
Wikiを支持する高位の後援者を持つことで、成功の見通しを高めうるだけのレベルの権威が提供されます。
使い方
時には、組織内の高位の人物がwikiプロジェクトを開始します。より多くの場合には、取り組みは下部から生まれますが、高位の人物のサポートが求められます。後援者は、彼らがプロジェクトを支持していることを知らしめることで、他者を巻き込み、リソースがこのプロジェクトに割り当てられることへの承認を与えます。
パトロンは、ITリソースのコントロールと組織のユニット間での競争がある面で参加に水を差しかねない企業の環境では、特に重要です。
例
CEO(最高経営責任者)とすでに面識のある従業員は、Wikiのもたらす利益について説明し、おそらく組織内で稼動しているシステムのデモンストレーションをします。CEOはこのアイデアに同意し、この従業員に継続するよう促します。CEOは「同意を与える」ことで取り組みへの後援者になります。CEOはwikiの使用を支持していると知られることを許す以上の関わりはまったく持とうとしないかもしれません。最初の従業員は、CEOがこれを良いアイデアだと考えていると説明することで、他の人々に参加を奨励することができます。
Related Patterns
- チャンピオン: 後援者/スポンサーは単にwikiに賛成しますが、チャンピオンはエネルギッシュにこの実現と導入のプロセスを推進します。
WikiPatterns.comの日本語訳はまだ端緒に就いたばかりの活動ですが、WikiWayの訳者として知られるyomoyomoさんが人気ブログ「YAMDAS現更新履歴」のエントリ「WikiPatternsの日本語訳」で紹介してくれました。この有意義な活動に、あなたも参加してみませんか?
...とこういう感じでしょうか。活動の公正さと意義を示唆(保障ではない)してもらうことで、参加へのバリアを弱め、時には動機づけてもらうわけです。本文中に「企業の環境では、特に」とあるのは、その活動に参加していることを評価されたいというより、まず何らかのマイナスに働くことはないだろうという心証が必要なのだと思います。